静かな世界観を大切にする場所

ふと揺れた心を、静かな言葉で記しています

私は正常?まとも?

日曜日の昼下がりに、
夫がピアノの角に頭をぶつけた。
少し血がにじんでいて、痛がっていた!

その光景を見ても、
私の心は静かなままだった。

驚きも、
焦りも、
心配も湧かなかった。

あとから静かに戸惑った。
私は薄情なのだろうか。
愛していないからなのか。
この気持ちは何だろう?

でも、少し時間を置いてみると、
あれは愛情の欠如ではなく、
ただ心が疲れていたのかもしれないと思ったが、

愛情は、瞬間の反応ではなく、
日々の態度の中に静かに宿るのか?

あのとき何も感じなかった私は、
薄情ではなく、
ただ少し疲れていただけかもと
思いたい自分がいる

寛容さが心を救う

気に留めなくてもいいことなのに、
心に引っかかることがあります。
自分だけの気持ちを胸の内に留めようとすると、
悪い方向に向かい、気持ちが暗くなることがある、
それが、私のネガティブさなのかもしれません。

でも、そのことを誰かに聴いてもらっただけで、
ふっと軽くなりました。
話そうと思っていた人が不在で、
別の方に話すことになったのですが、
その方がとても良い聞き手でした。

話し相手によっては、誰が悪いかに焦点が向くこともあると思います。
けれど今回は、「誰も悪くない」という視点で受け止めてもらえたことが、何より救いでした。

そういう人もいますよね。
なぜこんなことをするのかと考えるよりも、
自分とは違う人格なのだから、
当たり前が違っていていい。
そんなふうに受け止められる寛容さがあると、
心が少し楽になります。

夕飯の決め方

夕飯の決め方は、食べたいものを食べる主義の家族各々の選択をしています。

 今日の私の食べたいものはカレーではなく、

卵おかゆとしそ漬け梅干し、春雨サラダ!

娘は子ども用カレーライス、

夫はなんでしょうか?お弁当でしょうか?

その日の気分に合わせて考える夕飯メニュー

実家暮らしの頃は皆が同じ食事内容で

それが当たり前で違和感がなかったんです。

気軽に考えるスタイルが

心がしんどくならなくていいと思います!

1人の考え方に合わせなくていいんです!

 

お金の考え方

私の口座には数千円

もうすぐ、給与が入ってくるが、

カード決済で消えていくお金でもある。

しかし、抹茶白玉あずきラテは850円を注文したり、昨夜は飲み会に参加したり、

 あとで補填すれば大丈夫だよねって、

 楽観的思考。

実家生活時代、夫婦のみ生活時代の生活水準と

同等レベルの生活を続けている。

我慢したくない、

貧乏な暮らしはごめんだと思う気持ち。

なんとかなる!私の仕事でステップアップする

途中なんだ!

 

どこに突き進もうか?

私は、どの方向に向かうのが良いのだろう。
ずっと考えてきたけど、ようやく言葉にできそう!

私は、標準的な事務レベルに自分を引き上げたい。
誰かに頼られる存在になりたいし、
いつかは小さなリーダーとして、そこから見える景色を見てみたい。

諦めない精神力は、私の中に確かにある。
本来は新しいものが好きで、挑戦することも嫌いでないどころか好きだ!
けれど今は、少し我慢している。
お気に入りのバッグや靴、洋服に囲まれた生活をしたいという切実な願いを抱えている!

その願いをどう扱えばいいのか、まだ分からない。
けれど、願いがあるからこそ前に進める気がしている。
私は、私の人生を少しずつ整えていきたい!

私を嫌う人が一定数いることは、想定内だ!!

私には、嫌いな人🟰合わない人ではないと考えています。全く別物なのです。
そもそも嫌いな人は私の中でいないのです。
交友関係では、広く浅くではなく、狭く深くを好む方ですが、単独行動も好きで、孤独感は無いのです

だから私は、誰かを嫌うことよりも、
自分の心の静けさを守ることを選びます。
合う人とは深く、ひとりの時間も豊かにします。
そんな関係性の形が、今の私にはちょうどいいと
思っています。

心の回復力は絶大だ

どういう意図で言われたのかは、
覚えていない

でもある言葉に刺さってしまった

お子ちゃま という言葉、

なんだろう、雑に扱われた感じ

私の発言がそう思わせたことに
ショック!

大丈夫!
その方は、私の内面をよく知りはしない

そんな印象を抱かせたことに
内省している

私は自分の機嫌は自分でとろう!